カワセミは見ていた? 指定文化財・松ヶ崎城跡の現状(2008年7月現在)

手賀沼と松ヶ崎城の歴史を考える会

 市民の運動により、柏市の指定文化財となった松ヶ崎城跡。それまでも、かつての地主や地域の人々の努力によって、ずっと破壊されずにきましたが、ここにきて新しい地権者により工事がされ、その後の経過は周知の通りです。  もともと、保存すべき対象になっていたのは、城郭中心部だけではなく、工事がされた北側斜面も含んでいました。市民による働きかけもあり、漸く2008年6月3日時点で工事は中止され、地権者と柏市は協議をしておりますが、 今後の回復・保存について考えていかねばなりません。

■今回の一連の工事(擁壁工事を含む)による破壊箇所(2008年7月時点)

・北側腰郭 消失

・北側斜面が掘削され、原形をとどめていない

・台地上 北東部にあった平安時代の住居跡も掘削された(遺構はほぼ消失と推定)

・東側虎口脇の土塁端が損傷(端50cmほど重機で削られている)

・西側虎口脇土塁(西側、東側両方)端が損傷(重機で引っ掛けたものと推定)

・西側虎口手前の土橋が歪んでいる(重機通行による重みでワダチの跡が残る)

上記以外にも、郭内を重機が通行したため、埋蔵されている遺物等への影響が想定されます。

上記のように、いろいろ損傷はありますが、城郭主要部の損傷は軽微です。また古墳三基も無事のようです
郭の西から、東に渡る空堀、および上記以外の大部分の土塁は無事。南側虎口も無事。その他南側の第?郭および南側腰郭は損傷ありません。
三基ある腰巻古墳群の古墳は、いずれも地表面上は無事のようです(但し、周溝等は未確認)。

 ボクはカワセミ。大堀川のほうから飛んできて、松ヶ崎城の会の人たちと一緒に、松ヶ崎城跡を一通り見てきましたヨ。


【北から東側斜面の様子】

擁壁

北から東側の擁壁工事

 北側の擁壁工事により、北側にあった松ヶ崎城の北側腰郭(以前焼き芋などをした場所)と言われていた部分は消失しました。
実はそのあたりに船着場があったという伝承があり、そこから城跡まで道が続いていたと思われますが、立証することが不可能になりました。

北側斜面

大きく掘削された北東側斜面

  擁壁工事に続く、台地北東部分の掘削によって、北から東端にあった特徴ある岬状の地形の原形が失われ、同時に平安時代の住居跡も消失したようです。

【全体的には軽微な郭内の破壊、しかし虎口は損傷】

東側虎口脇の土塁 

物見台として使用された古墳の横、東側にのびる土塁(端が削られている)

城の玄関というべき東側虎口(物見台の古墳と東側土塁の間)を通って、郭内へ重機が通行したために、東側土塁の端が削れています(50cmくらいか)。またワダチの跡が目立つ箇所が付近にあります。

西側虎口 

意外に傷ついていた西側虎口

北側斜面の工事から始まったために、西側は盲点でしたが、虎口脇の土塁が重機通行により、損傷を受けました。

西側虎口手前の土橋 

西側虎口手前の土橋も歪んでいた

西側虎口手前の土橋も重機が通行したために、損傷を受けました。

【かつての西側虎口】

かつての西側虎口 

土橋も明瞭なかつての西側虎口

以前、西側虎口を撮影したものですが、手前の土橋も明瞭に立って、きちんとしています。

【損傷を受けていない西から北にかけての堀と土塁】

西から北にかけての堀と土塁 西から北にかけての堀と土塁

西から北にかけての堀と土塁は、そのままの状態
(左:現状の写真、右:2006年10月時点の写真)

東側土塁の端、西側虎口以外の主郭部は、木を切ったのみで、目立った損傷もなく、殆ど無事と思われます。

【小さな古墳も生きていた】

一号古墳 三号古墳

右側分かりにくいですが、笹の生えている辺りが古墳です

物見台として使われていた大きな古墳、そしてその向かいの中位の古墳、および台地端に近い一番小さい古墳は地表面上は無事のようです(左:物見台の古墳、右:なくなったと思われた小さな古墳)。

【南側の郭、腰郭は全く損傷をうけず】

湧水

南側腰郭にある松ヶ崎湧水など、南側の郭、腰郭は、工事が行われず、なんら損傷ありません。ただ、木を切ったため、湧水が出にくくなったといいます。

松ヶ崎湧水(昔は水量が多かった)

   北側斜面など、大きく改変された部分は元に戻りません。残った多くの遺構を今後も大事にしていかねばなりません。工事中止以降、寄せられたご意見等を紹介します。

   
 工事中止以降、寄せられたご意見等

噂の東京マガジンをたまたま見ていました。
歴史好きの自分とっては黙っていられずメールを書かせてもらいます。
なんだか第三者から見るとどっちもどっちと言う感じですね。
まず市が文化財に指定しておきながら支援をしないのは変ですね。
こんなのどこの国でもやっていることですよ。だっておらが町の文化財 であり未来永劫続く観光資源になりうるものですよ。

それから地主のかたもなんだか意固地な感じがしますね。他の人に上手い アイデア出してもらえば良いのですよ。

そしてこの番組の出演者の無知ぶりも頭にきますよ。あれは高台を利用した 天然の要害ですね。あれならば完全に囲まれでもしなければ簡単には墜ちない でしょう。(略)

そこでですが自分のアイデアを言いますと。まず市のほうに基金の設立を申しでてはどうでしょう。
管理は貴方方が行なうことにしておいてはそどうでしょうか。そこで市民が少しづつ出しあうのです。
それである一定以上出してくれたひとには市民税の減額あるいは免除。極端なはなし相続税を 一代に限って免除にしてしまうことも考えられます。だってその方は町のいわば恩人ですよ。この位の 得点つけてもいいように思えます。土地自体はレンタルという考え方もできるのでは。

それを使って城の発掘調査と整備をしてしまえば良いし、基金を使って年に一回松ヶ崎城祭りでもやればいいでしょう。 その当時の甲冑などを再現して出陣式をやってみたり武者行列をやったっていいでしょう。

これは房総のほうにある久留里城というものがあるのですが、ここには城の中に博物館が設けてあり発掘品や町の重要文化財 などを展示してます。そして一角には売店を作ってありますので、これなんか売店の売り上げの権利を地主の方の収入にしてしまえ ば祭りなどの相乗効果でけっこう売り上げが望めるかもしれません。

これならば三者ともメリットがあるように思えますがいかがでしょうか

(地域不明:男性、2008年6月30日メール着信)

市川市XXのXXXです。工事は中止されているようですが、柏市は弁護士まで立 てて、仮処分申請を地裁で門前払いとは、あきれますね。

以下は、以前柏市長あてに送ったものですが、返答はありませんでした。ご参考までにお送りします 。ちなみに、文中、国会議員とあるのは、複数の政党の代議士ならびに党幹部であり、その他学者筋 にも連絡しています。

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松ヶ崎城跡で文化財破壊が懸念される工事が公然と行われていますが、柏市としてどう考え、どうし ようとしているのかをおたずねしたいです。
以下本文。

1.松ヶ崎城跡の地主による工事を柏市としてどう考えているか、市長のアピールも一切ないし、明 確でない。だいたい、読売新聞には恒久保存といっておきながら、保全のための努力を柏市は今まで 何をしてきたのか。柏市議会で議決され、市の指定文化財として、城跡はもちろん、斜面もふくめて 保全することになっていたのではないか。

(略)

2.(略)文化財云々だけでなく住民の安全で快適な生活を柏市は考えてくれているか。 隣のマンションの人は、松ヶ崎の緑をみて心が休まるので良かったといっていたが、 今は木が伐採され、禿山に近くなっている。こういう木 を無闇に切り倒し、地盤の安定も揺るがす工事を柏市は見てみぬふりをするのか。

緑化とは逆であるし、森林法とかに抵触するのではないか。県の農政やら緑化保全には柏市として、 どう連携して、どう対処するのか。
また今回の工事で、地崩れがおきることが懸念されるが、柏市はどう対処しようとするのか。
(以下、略)

(市川市:男性、2008年8月12日メール着信)

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